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東京育ちが地方に住むということ

東京生まれ東京育ちですが、今後は静岡県に住むことになります。東京育ちが地方に住むときに感じたギャップや、働き方などを中心につらつらと書いていきます。

「人生は6の倍数で一区切りつく」というのは本当か?たまには恩師の言葉を振り返ってみる


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桜

たまには昔を振り返ってみよう

そろそろ卒業シーズンですね。 私も、久しぶりに研究室の追いコンに参加してきました!

大学は理系だったのですが、うちの大学は理系の8割が大学院に進むというかんじだったので、私も何も考えずに大学院に進みました。 研究室は大学4年生からだったので、研究室には3年間所属していたことになります。 卒業してからも縦のつながりは強く、卒業しても何かイベントがあれば参加するといった仲の良い研究室です。 他の人の話を聞くと、あまりそういう研究室は多くないようなので、めずらしいのかもしれませんね。

久しぶりに研究室のイベントに参加すると、そこには当然恩師である研究室の教授もいるわけで。 ひさしぶりに教授にもお会いしてきました。

研究室は私にとっては人生の中でも特別な時間でした。

大学院までいくと授業はほとんどなく、メインは研究になるので、ほとんどの時間を研究室で過ごしました。 教授とは週に一度は必ずマンツーマンでディスカッションをしていたので、3年間のうちに論理的思考だったり、相手にわかりやすく説明する方法だったり、プレゼンの資料作りやプレゼンの仕方だったり、いろんなことを教えてもらいました。

社会人になって、研究室時代に身につけたことが一番役にたっていると感じています。 あの時はただ楽しみつつ、目の前のことをやっているだけだったのですが、ここまで成長できたのは教授のおかげだと思います。

そんな私の恩師が私たちの卒業の時に言っていた言葉をふと思い出したので、その内容について少し書きたいと思います。

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人生は6の倍数で一区切りつく

卒業するときに恩師に言われた言葉で強く残っている言葉があります。 それは、「人生は6の倍数で一区切りつく」という言葉です。

なかなか理系らしいというか、仕事人生に役立つ言葉なので、どちらかというと男性向けなのかもしれません。 一部違うかもしれませんが、そのときの説明としてはこんなかんじでした。

人間は6歳までは生きるためにがんばる期間

小学校卒業までは、自我を認識し始める期間

高校卒業までは、一人前になるための準備期間

大学院卒業までは、ひたすら学ぶ期間

30歳までは死ぬほどがむしゃらに働く期間

学生のときに、ふーんってかんじで聞いた話なので、残念ながら直近のあたりまでしか覚えてません。笑

30代以降も、一人前の社会人として会社に貢献する期間だったり、新人を育成する期間だったり、指導者を育てる期間だったり、会社を去る準備を整える期間だったりというかんじだったと思います。どの年齢で何をするかという細かいところまでは覚えていないのですが、どれも6年刻みで一区切りつくとのことでした。

私はまだ30歳未満ですが、ここまでは本当にその通りだなと感じています。 小学校に入る前まではまだまだ小さい子なのでまずは生きるのに必死というのも分かりますし、小学生になったら自分で友達を作ったり勉強したりと1人でいろいろやれるようになってきます。その過程で、自分という人間を少しずつ認識していくのでしょう。 中高生の頃は、大人でも子供でもない不安定な思春期というかんじでしたし、大学生の頃は研究はもちろん、人間関係でもいろいろあって、深く学んだ時期だなと思います。

そして今は死ぬほどがむしゃらに働く期間なわけですが、新卒でベンチャーにはいったときは、この言葉を思い出して、言葉通りがむしゃらに働いていました。 静岡に引越してからは一旦のんびり働いてますが、人生でもらえる給料の額は20代で決まるともいいますし、ここからまたがむしゃらに働かなきゃなのかなと思います。 もちろん、身体を壊すほどがむしゃらに働く必要はありませんが、今後の自分への投資として、今は一生懸命がんばる期間なのでしょう。

それぞれの期間がどうだったかは人それぞれあるんじゃないかなとも思いますが、とはいえ、何事も「6の倍数で一区切りつく」というのはその通りな気がしてます。私の教授はもう定年退職をしてしまったくらい年をとっているのですが、今までの人生を振り返るときっとそうだったのでしょう。 お年寄りの言葉なので、余計に納得感がありますね。笑

何かしら残っているはずの恩師の言葉の重要性

「人生は6の倍数で一区切りつく」というのは、私の恩師から私がうけた言葉なので、他の人には「だから何だ」「全然そんな感じしない」と思われるかもしれません。でもそれは、ある意味当然かなと思います。 この言葉は、「私」が「私の恩師」から受けた言葉だからです。 私の恩師がどんな人なのか、今までどんな時間を一緒に過ごしてきたのか、他の人にはわかりません。だからこそ、人によってはなんてことなくてスルーしてしまう言葉でもあります。

小学生の頃から、全校朝礼で校長先生の話を聞く機会がたくさんあったと思います。 他にも、担任の先生だったり、塾の先生だったり、私のように研究室の教授だったり、会社の上司の言葉だったり、自分より年上の方のお話を聞く機会はたくさんあるはずです。その中でも、大好きな先生だったり、尊敬できる上司の言葉は自然と心に残っているはずです。 ありきたりな言葉だったり、本からの受け売りだったりするかもしれません。でも、自分の恩師が自分にあったタイミングで自分に伝えてくれた言葉であれば、それはその人にとっては特別なものになるのです。

ありがたい言葉というのは「日常」としてスルーしてしまいがちなことではありますが、年上の方の言葉は、時に自分の人生の教訓となるようなことを含んでいるものです。 ちょっとでも「その話おもしろいな」と思ったら、どこかに記録するなりして覚えておくと、その後何かあった時に役立つことがあります。

卒業シーズンということは、「日常」ではないイベントで恩師の言葉を聞くことのできる良い機会が多いはずです。 大好きな先生や尊敬できる先生の話など、いつも以上に一生懸命耳を傾けてみてはいかがでしょうか?

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